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住みこなす家
<2004/12  NO196 アーキテクトルーム>

建て主の希望
現在、東京都近郊を中心に住宅を作って来ているが、30代〜40代の若い方々のために設計をする事が多い。
都心に家を建てたいとのご希望で私どもの事務所を訪ねてくださる方々の多くは、限られた予算の中で小規模の敷地を購入され、そこに工夫して快適に住むことの出来る家を作ろうと考えられている。
そこでの建て主のご希望としては、狭くてものびのびと暮らせる・家族が仲良く暮らせる・家族の気配を感じられる・家中が明るい、・・・などなど、狭い敷地を工夫して、広く感じられる家族の団らんのスペースと、それぞれの家族のプライバシーをある程度守れるスペースの確保を希望されることが多いようだ。

住みやすい家
それを受けての私の回答には、太陽光線の採り入れ方を工夫し、家族の集える場に面積のかなりの部分を割き、またフレキシブルな空間とするなどの内容が、これまで作ってきた多くの住宅に共通している。これらは、施主の希望を満たすための形であるが、私の建築造形へのこだわりや個人的な好みの反映でもある。

具体的には、実施される住宅は予算などの都合もあって木造軸組工法(大工が中心になって作る日本に昔からある工法)となる事が多いが、これは垂直の柱と水平の梁によって構成される。装飾の嫌いな私としては、造形の可能性を広げつつも恣意的な表現となることを回避するために、太陽光線の導入の仕方を形に現して住宅建築の造形の基本的要素として使っている。
また、家族の団らんのための空間を広く取りながら、個室との間にあいまいな仕切りとしての引き戸を使用し個室をあまり充実させない事が多いのだが、これは家族と一緒にいる時間が住宅での生活ではやはり重要だと考えるからで、この点も建て主の方と意見が合うことが多い。

「こと」と「もの」
このようにして、現代の家族の生活の様式を考えそれに合わせて空間を作っていく設計の過程は、空間構成を自由に考えていく。構造事務所とも打ち合わせてアイデアを取り入れて、 邪魔な壁を無くしたり柱を抜いたりしながら構造を工夫して設計していく。つまり、住むという「こと」に合わせて、住宅という「もの」が柔軟に対応している或いは頑張っている。

今後も以上の様な考えに基づいていろいろな家族の明るく楽しい家を作っていきたいと考えている
のだが、最近ちょっとだけ気になることがある。

住みこなす家
それはアイデアを練っている際などに時々感じるのだが、落ち着いて頭の中でじーっと生活と言うものを見つめていると、本当に私たちは、家の隅々まで明るい家を、邪魔な壁や柱の無い家を求めているのだろうかと、自明に思えていた事にぼんやりとした疑いが湧いてくることがある。
例えば、家の片隅には薄暗い空間があっても良いのではないか?部屋のどこかに屋根を支える柱が出ていても良いのではないか?フローリングが多少でこぼこしていても、土間と床に段差があっても良いのではないか?などと想像している。
そこでの生活の情景のなかの「もの」としての住宅は、快適な生活の容器として生活の背後に引っ込み生活の邪魔をしないと言った存在感の希薄なものではなく、時に掃除の邪魔をしうっかりと頭をぶつける柱として、思索に耽りたいときに、シーンと一人にしてくれる薄暗い空間として、住人に語りかけ始めるのではないか。
多少、住むのに手間が掛かっても、住み手におもねるばかりの家より良い意味での存在感があるのではないか、住み手にとって愛着が持てるのではないか、地に足のついた生活ができるのではないか・・・などと想像をめぐらしている。

結論はまだ出ていない。




旭硝子のHPのハローアーキテクトの中のアーキテクトルームに書いたエッセーです。

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